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2015.12.18 (Fri)

〈観察〉電車でベビーチーズをかじる際の工夫

会社帰りの電車。吊り革につかまる私の前の座席には、小太りの中年男性が座っており、膝に広げたノートパソコンを熱心にいじっております。

気温が高い日だったのでスーツの上着を脱いでおります。
白いYシャツに海老色のポロ・ラルフローレンのベスト、銀縁めがね、腕元にはカシオの電波時計(デジタル表示、メタルベルト)、そしてパソコンはパナソニックのLet’s Noteと来れば、メーカー勤めの技術系のお仕事かな?と想像したくなります。全身から、ちょっと神経質そうな気配が漂っております。

私が一瞬、目を離した直後のことです。男は作業を中断して、どこから取り出したのか、一片のQBBベビーチーズをかじっております。一口かじると、残りを器用に剥きかけの銀紙に包みます。そしてそれを・・・









・・・それを、ラルフローレンのベストの胸元に突っ込み、Yシャツの胸ポケットに収めます。

え? 食べかけのチーズをそんなところに?

何事も無かったかのようにまたパソコン操作に没頭する男は、しばらくして再び作業を中断すると、右手をラルフローレンのベストの胸元に突っ込みます。続いて先ほどの食べかけのチーズを取り出すと、銀紙を少しはがして、一口かじります。そしてまた、器用に銀紙で包み直し、元の胸ポケットに収めます。これら、一連の滑らかなシームレスな動作であります。熟練の者の動きであることが見て取れます。

それにしても、毛糸のベストの内側にある胸のポケットの中で、自分の体温であたたかくなっているはずの、QBBベビーチーズ。気持ち悪くないのかな?

驚く私の視線に気づかぬまま、男はその動作を4回続けます。だんだんと残りのチーズは薄くなってきました。こうなると、体温でチーズはやわらかくなり、溶けたり、銀紙越しにかじりつく際に崩れてしまったりするのではないか? 私は心配になりましたが、男は最後のひとかじりの際に、熟練者ならではの対処を見せてくれます。














男は、チーズにひとかじり分の2倍の厚さを残したまま、最後のひとかじりは、縦に歯を入れたのです(図の⑤)。こうして、それまでのひとかじり分の体積と同じ分量をかじり取ると共に、残りの一片(図の⑥)も崩れることなく銀紙に包んで胸ポケットに収めるという、二つの要件を満たすことができたのであります。
ベビーチーズの

そしてしばらくの後、最後の一片(図の⑥)も無事に食べ終わり、ゴミとなって残った銀紙を丸めてラルフローレンのベストの谷間から胸ポケットに収めましたが、なんと男はそのまま右手に・・・











・・・胸元から出て来た男の右手には、もう一個、新しいベビーチーズが握られており、再び銀紙をはがし始めたのであります。
いったい、何個、持っているのでしょう?

(終り)

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2015.12.17 (Thu)

〈観察〉PM2.5よりもイヤだ

(お食事中の方は静かにスルーしてください 笑)
電車の戸口に立ったまま、男は熱心に鼻をほじっております。3つ前の駅で乗り込んできてから、ずーっと、ほじり続けています。ダークグレーのスーツに身を包んだ、きちんとた身なりのビジネスマンです。吊り革につかまる私の、すぐ斜め前に位置しております。

空気が乾燥しているからというだけでは説明がつきません。おそらくその男の体質なのでしょう。指でほじるたびに、男の鼻の穴と指の隙間から、粉が噴き出しております。通常の湿り気を帯びた「鼻糞」ではなくて、乾ききった「鼻粉」(としか呼びようが無いでしょう)なのであります。初夏の森林のスギ花粉のように、不透明な黄白色に重く濁った色彩の粉末が、男の吐息にあおられて、ぷふぁ~っ、と宙に舞い上がっております。

今の季節のエアコンの風は弱い。男の「鼻粉」は風に吹き飛ばされることなく、ゆらゆらと一帯を漂いながら、ゆっくりと下方に降りてゆきます。

男のすぐそばの座席には、『真木よう子』似のかなりイケてるOLさんが座っております。
グラマラスな『真木よう子』さんの頭上を、男の「鼻粉」が漂っております。次第に、彼女の頭から髪全体に、そして額から鼻筋、頬、白い耳、形の良い唇、滑らかな〝おとがい〟、さらには細い肩から、体全体を包み込むように降りてゆきます。その一部は、彼女のリズミカルな呼吸に伴って、鼻腔から吸い込まれ、彼女の体内に深く奥まで入ってゆきました。

残りの「鼻粉」はゆらゆらと座席シートに到着します。席に着くので、これを「着席」と呼ぶことにしましょうか。
さらに、彼女の形の良い膝からまっすぐ伸びた脛を通り、床に舞い降ります。床に着くので、これは「着床(ちゃくしょう)」と呼ぶべきでしょう。




「着床(ちゃくしょう)」・・・。




この「着床」という言葉に想いが至った途端に、あなたの目の前の光景は違った景色に変貌します。

彼女の鼻腔から吸い込まれた男の「鼻粉」。それを受けて彼女はすなわち「受粉」し、さらには彼女の体内、奥深くに「着床」するのであります。

こうして彼女は身籠るのでした。何かを・・・。


(気色悪いまま終り)

鼻から花粉
イラストはGetty Imagesより拝借しました。

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2014.09.02 (Tue)

あれは忘れもしない・・・

電車を待つ駅のホームで、人のよさそうな青年が話好きの老人につかまっている。しつこい話に愛想笑いでつき合う、よくできた青年。迷惑を察することなく調子に乗る老人。どうやらこの自慢話は彼の十八番のようだ。ヤマ場に向かってしゃがれ声は大きくなる。

いよいよ話の一番の聞かせ所らしい。

「あー、あれは忘れもしません。あー、忘れもしない……私はね、それは忘れようにも忘れません。あれは……」

忘れている。

(終り)

老人不思議
画像はGetty Imagesより拝借しました。


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2014.05.02 (Fri)

〈考察〉電車の戸口に仁王立ちの邪魔な男

電車の出入り口に、どすん、と根を下ろしたように突っ立つ男がいますよね。駅に着いて扉が開き、乗客が一斉に乗降を始めてもびくともしない。決してよけない、動かない。邪魔でしょうがない。

ドア横に半身になって立つならまだ可愛い。出入り口正面中央のすぐの所に、どーん、と正対で仁王立ちの男がいます。女性はあまり見かけません。体格が小さいので人の波に押し流されるのでしょう。

男性、そして年齢は様々です。20代のにいちゃんもいれば、中高年のおやじもいる。

人の流れに乗っていったん外へ出てからまた乗り込めばいいのに、「動いたら沽券に係わる」とでも言いたげに、乗降客たちに身体をぶつけながら、そこに立ち続けます。身を捻って傍を行き過ぎる他の乗客から耳元で舌打ちされようが、「邪魔だ」と言われようが、動きません。その姿はまるで「動かざること山の如し(風林火山)」。何かの強い信念があっての行動と思わざるを得ません。

他人様の邪魔、迷惑になることが至上の歓びであるという、いびつな欲望の持ち主とも思えますが、表情に不気味な笑みを浮かべている、というわけでもありません。無表情か、むしろ自分の両脇を身体をぶつけながら行き来する乗降客に「お前らの方が邪魔だ」と言いたげな、苛立ちの表情が見て取れます。「オレがここに立ってるのになんでオマエらはここから乗り降りするんだよ! オマエらバカじゃねえか!? 空気読めよ!」という理屈なのでしょう。唯我独尊の「オレ様」理論。

頭がおかしいのか? 精神を病んでいるのか? そのどちらか、あるいは両方なのでしょう。

いや、それぞれの事情や理由があるのかもしれません。
いくつか、考えられるケースについてランダムに列挙してみます。下記は、私が特殊能力を用いて彼らの声を聞き出し、書き取ったものです。



〈ケース 1〉父親の遺言  東京都 石橋 健司(52才)

18才で家を出てから、おやじとはろくに口を聞いていない。「頼むから田舎に残って家を継げ」というおやじの願いを振り切って、おれは大きな成功を夢見て都会に出た。

小さな事業を興したが、都会での仕事は辛いことばかりだった。結局、おれは成功したとは言えない。何度も辞めて田舎に帰ろうかと思った。
5年前、葛藤している最中に、おやじが倒れたという知らせが入った。急いで帰ったが、間に合わなかった。

母親が言うには、おやじは最期におれの名を呼び、「男が一度決めたことは最後までやり通せ」とつぶやいたそうだ。それがおやじのおれへの遺言となった。

おやじ、今おれはこうしておやじの遺言を守っているよ。仕事はうまく行かなかったが、毎朝毎夕、電車に乗る時は一度立った場所からは絶対に動かない。最後まで動かない。毎日やり通しているよ。おやじ、見てるか?



〈ケース 2〉恩師との約束  埼玉県 二宮 聡(24才)

高校生時代、僕は荒れていた。
いろいろ理由はある。両親の不仲、貧しい家庭・・・今思えば荒れる理由は何だってよかったんだ。僕はただ、自分が何か特別な人間であるという根拠の無い自信のようなものを持っていて・・・それは確信に近いほど強いもので・・・だけど何をやりたいのかわからなくて、子どもっぽいエネルギーを持て余していただけだ。

ほとんどの教師からは嫌われていたけれど、ひとりだけ、いつも僕の味方をしてくれる先生がいた。先生はよく僕にこう言ってくれた。
「大勢の人に影響を与える人間になれ」。

卒業文集にも僕はそのまま書いた。「大勢の人に影響を与える人になる」。この言葉は僕と先生との約束だ。
先生はその後、県外の高校に異動になり、会うことは無くなった。

卒業してから今に至るまで、僕は先生との約束を守り続けている。相変わらず自分は何がしたいのか未だにわからない。だけど、毎朝毎夕、電車に乗る時には必ず戸口のすぐのところに立つ。駅に着くたびに、大勢の人が僕に身体をぶつけながら降りて行き、そして乗ってくる。僕は決してその場を動かない。皆、僕がいることで、乗りにくそうに乗り込み、降りにくそうに降りる。こうして僕は多くの人に影響を与えているのだ。そんな存在になると、先生と約束したのだ。



〈ケース 3〉妻子への誓い  千葉県 佐々木 淳也(36才)

5年前、娘が生まれた。その日、私は妻子に誓った。
「お父さんは、お前たちのために、必ず世の中から一目置かれる人になるよ」。

その日から、こうして毎朝の通勤時間に電車の戸口に立ち、乗降する人々の注目を集めている。皆、乗り降りの際に私の顔を見る。私は断じてそこを動かない。動かない理由がある。そうすることで、私は誰からも一目置かれる存在になるのだ。



●●●●

上記のケースはいずれも大した話ではありません。大切な人の教えや約束を、間違った形で実行しているだけの、ただの勘違い間抜け野郎たちです。

次に、もっと深刻なケースについて考察を進めます。



〈ケース 4〉住んでいる男  神奈川県 立花 伸一(49才)

もう6年になる。中学生だった娘は、今年二十歳になるはずだ。成長してずいぶん変わったことだろう。化粧もしているだろうから、電車の中ですれ違ってもわからないかもしれない。私もすっかり以前と違ってしまったので、彼女の方も私に会っても気がつかないだろう。ただ、こう思うはずだ。

「邪魔なところに突っ立ったままの、ニブいおやじ」

 ◆◆

「おーい、立花さん。おれたちはそろそろ失礼するね。今夜は冷えそうだね」
清掃員の田中さんはそう言って、車庫の出口に向かった。私も「お疲れ様。また明日」と挨拶を返した。

こうして、また一人きりの夜が来た。始発電車の準備の時間まで、空になった列車に囲まれて、この暗い車庫の中で一人過ごす。もちろん、私は昼間と同様に車両の床に立ったままだ。

朝が来ると、再びこの車両は車庫から出て、立ち続ける私を乗せたまま点検を済ませ、朝日を浴びながら市中に出て行く。そして夜が来ると、またこうして車庫に戻ってくる。

こうした生活を続けて、もう6年になる。

立っているだけなので腹も減らず、食事はほとんど摂らない。清掃員の田中さんが数日に一度分けてくれる菓子パンで十分だ。車両の揺れも関係あるのか、排泄物も無くなってしまった。口に入れたものはすべて消化してしまっているのだ。つまり、足に根が生えたように立っているだけの、限りなく植物に近い存在になっている。文字通りの「植物人間」だ。

いつの間にか身体中の汗腺も詰まってしまったらしく、汗もかかない。真夏も車両の中はエアコンが効いているから暑くはない。汗をかかないから風呂に入る必要も無い。

服も下着も汚れないから着替えることも無く、6年間ずっと同じ紺色の背広を着ている。動かないからしわも入らないし、ズボンの折り目もきれいなままだ。

そうやって、6年間、私は朝も昼も夜もずっと車両の戸口に立ち続けてきた。

毎日の通勤ラッシュの時間帯は、駅に着くたび大勢の乗客たちが降りたり乗ったりを繰り返す。そのたびに、皆、戸口に立つ私を邪魔もの扱いし、口々に「邪魔だ」と罵ったり、舌打ちしたりする。しかし私はこの場を動くわけにはいかない。そもそも、もう動けないのだ・・・。

私は・・・もう動けないのだ。車両の床と私の足は、互いに溶け合い、細胞レベルで癒着し、一体化しているのだ。

 ◆◆

6年前のあの日から始まった。

その頃、私は家庭を顧みず、ひたすら仕事に取り組んでいた。よくある話で、次第に妻子と私の間に距離が出来ていった。会話は無くなり、そのうち、私がいても、妻子たちはそこに私が「いないもの」として振る舞うようになった。娘にそんなふうにされるのはたまらなく辛かった。こうして、私は家庭で居場所を失っていった。

そのストレスのせいもあり、会社では仕事に十分なパフォーマンスを発揮することが難しくなった。ある時、大きな取引を競合会社に奪われた。それから、社内の人たちの私を見る目が変わった。私は会社でも居場所を失った。

なるだけ会社に行きたくない。そしてなるだけ家に帰りたくない。自分の居場所はどこにも無い。毎日そう思いながら辛い日々を過ごした。次第に、なるだけ何も考えない癖がついてきた。

気がつくと、毎日私は電車の車両に立ったままになっていた。会社に行っているのかどうか、わからない。家に帰っているのかどうかも、わからない。日がら一日、車両と外の世界のはざかい、つまり戸口のところに立ったままで過ごす。

最初の数日、あるいは数週間(よく覚えていない)は、一日の最後の運転が終わると、駅員が降りるようにと注意をしに来た。だけど、動かないのだ。本当に足が動かないのだ。駅員たちもあきらめた。警察も「刑事事件ではない」ということで関与しなかった。妻子はいなくなった私の捜索願すら出していなかった。

数か月間は通勤定期が残っていたので無賃乗車ではなかったが、そのうちにそれも期限が切れた。鉄道会社は、私のことを「乗客」ではなく、何かしらの「備品」と解釈しようと社内の合意を取り、私は晴れて無賃で終日乗車することが可能になった。

そして立ったまま幾年月か過ぎるうちに、私の靴の裏と床材の繊維同士が絡み合い、堅く固定された。そして靴の中も、私の足の裏の皮膚と靴下と靴底が、組織と細胞レベルで絡み合い、一体化した。こうして、私の両足は文字通り床に「根を張った」。

私は今日もここに立っている。動かず、立っている。

私は読者の皆さんともきっと車中でお目にかかっているはずだ。
戸口に突っ立ったままで乗降の邪魔をしている鈍い男。その男が電車に乗り込んできたところを、あなたは見たことがあるか?
そしてその男が降りて行くところを見たことがあるか?

無いはずだ。なぜなら彼は床に根を張り、何年もずっとそこに立ち続けているのだから・・・。

それが、私だ。


(終り)

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写真はGetty Imagesより拝借しました。


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2014.04.27 (Sun)

〈目撃〉高齢化社会の象徴?

JR新橋駅の山手線および京浜東北線のホームは、高架の上にある。そこから地上の改札に向けて、一人幅の狭い下りエスカレーターが用意されている。一人幅なので、前の者を追い越すことはできない。

017.jpg
(写真は新橋駅ではありませんが、こんな感じです)

普段は、皆、立ち止まることなく、ゆるゆるとその下りエスカレーターを歩いて下りている。何しろ、日本一の「サラリーマンの街」新橋だ。乗客は皆、仕事で急いでいるのだ。立ち止まったりはしない。

●●●
今日、出先から山手線で新橋まで戻ってきた私は、いつものように1階の改札に向かうその下りエスカレーターに乗った。一人幅で狭い。

いつもなら、ゆっくりした徒歩の速さで皆歩いて下っているのだが、この日は人の波は止まっていた。誰かが立ち止まって後続の流れを止めているのだ。

首を傾げて前方を覗き見ると、案の定、白髪の老人が止まった列の先頭にいる。老人の前は一番下まで空いている。この老人が流れを止めているのだ。お年寄りか、しょうがないな、と思う。若い現役世代の者のように、動くエスカレーターの上をさらに歩きながら移動するなどという行為は、運動神経の衰えたご老人には無理なのだ、と納得する。仕事も引退して時間に追われることも無いし、老人たちは何事もマイペースだ。年金も満額もらえているし、呑気なものだ。我々の世代はそうはいかない。うらやましい限りだ・・・我々勤め人の流れをせき止めて突っ立っている老人の白髪を見ながら、そんなことを考えた。

ところで、先ほどからその老人の動きがおかしい。白髪の頭が上に下に交互に動いている。
小さな子どもがよくやるように、エスカレーターを一段下りて、また一段上がって・・・ということを繰り返しているのだろうか。困ったことだ。ずっとやっている。身体が衰えている上に頭もボケているのか? 年を取ってもこんなふうにはなりたくないな、と思う。いやいや、お年寄りは弱者だ。あたたかい目で見てあげないと。

エスカレーターが下まで降り、床に平行になりかけたところで、老人の全身が見えた。私は驚きのあまり思わず声を上げそうになった。老人は「弱者」などではない。
その老人はエスカレーターに乗っている間ずっと、、、、





















その老人はエスカレーターに乗っている間ずっと、、、、両手で両側のベルトを掴んで足を浮かせて体重を支え、
ディップスを繰り返していたのだ

(ディップストレーニング)
basic-dips.jpg
なぜそんなところで筋トレをする?

疲弊した現役世代より、老人の方がはるかに元気じゃないか。
元気なのはいいけれど、現役世代の邪魔をするのはやめてくれ。こっちは時間で動いてるんだ。あんた達の年金を払ってるんだ。


(終り)
写真や図はWEBより勝手に拝借しました。

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