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2015.05.26 (Tue)

〈鍛錬の賜物?〉盲目の老人が・・・

長いこと体調が悪く、目眩や立ちくらみが酷くて、人混みの中を歩くのが危なくてしょうがない。
そんな日々が続く中、今日、駅でスゴイ人を見ました。
強い気持ちがあれば、身体のハンディなど関係無く、素早い動きで歩くことができる!?

●●●
いつも通勤に使っているJR新橋駅の横須賀線ホームは、地下の深いところにあり、長いエスカレーターで行き来をします。

今日、会社の帰りのことでした。次の下り電車の発車時間が迫っていて、地下の路線特有の電車が近づいてきた時の風圧による強い風が、階段を通って上階の通路にも吹き始めておりました。帰宅の利用客たちが風で髪や上着がはためくのを押さえながら、足早にエスカレーターに小走りで向かいます。

そんないつもの風景の中、白い盲人用杖をかちゃかちゃとせわしなく突きながら、1人の盲目の老人がよたよたと危なげな足取りでゆっくりと歩いております。小柄な身体が強い風にあおられて、足下はいっそう危なそうです。他の利用客たちはそれぞれちょっと迷惑そうな表情を浮かべながら、その盲人を避けて小走りに先に先に進みます。こういう光景は時折り見かけることがありますが・・・。

下りエスカレーターの乗り口の手前まで来ました。例によって東京のエスカレーターは左側はびっちりと人が立って堰き止められており、右側は意味無くぽかんと空いております。さすがに帰宅時のラッシュアワーですから、何人かは急いでその右側の空列を勢いよく駆け下りております。

杖をかちゃかちゃやりながら乗り口まで来た盲人は、事情が見えていないせいなのか、その急ぐ人のためにぽかんと空いている右側に立ち止まろうとしております。上着をはためかせながら後ろに小走りでつけてきた小太りの中年サラリーマンが、露骨に迷惑そうな目でその盲人を見止め、その先へ割り込もうと半身になりサイドステップを踏むような歩調で横をすり抜けようとします。

その時です。私は目を見張りました。
皆様よろしいですか?これは私の目前で現実に起こったことです。

その盲目の老人・・・背中も曲がってただでさえ歩くのがおぼつかなそうな・・・は、一瞬の動きでするりと体をひねって後方のサラリーマンをブロックしたかと思うと、右手に持っていた白杖をカバンと供に素早く左手に持ち替え、そのまま空いた右手でバランスを取りながら、手すりをつかむこともなく、軽やかなステップとともに物凄いスピードでエスカレーターを一気に駆け下りたのです。「かんかんかんかんかん・・・」という鋭い靴音がラッシュアワーのコンコースに響きます。

下まで降りると、盲人は再び白杖を右手に持ち替え、かちゃかちゃと突きながら、背中を丸めた元の姿でよたよたと歩き始めました。角を曲がったところで私は彼の姿を見失ってしまいました。

あの盲目の御老人はいったい何者なのでしょう?
病に侵された私も鍛錬次第であのような動きを再び取り戻すことが可能なのでしょうか?

(謎を残したまま終り)



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2014.09.11 (Thu)

〈目撃〉「ですます調」の朝

朝のJR逗子駅は雨が降っていた。通勤客は濡れないように屋根の付いた歩道を改札口に向かう。
ところが今朝は人波が大きく屋根の外にはみ出して雨に当たっている。

歩道から改札口に向かうちょうどの場所に立って、人の流れをせき止めている者がいるのだ。
私の向う道の前方、そしてその反対側、さらにバス乗り場のロータリーから向かう道。この三カ所の屋根の下で何やら印刷物を配って選挙活動(?)をしている、どこかの議員とその支援者。

通勤客は皆、両手にカバンと傘を持ち、さらに定期券を取り出すわけなので、そのような印刷物を受け取る余裕は無い。手が3本も4本もあるわけではないのだ。
したがって、皆、面倒を避けてその屋根の下に立つ邪魔な議員や支援者を迂回して、雨の中を濡れて歩く。

議員たちは自分たちが悪い印象しか与えていないことに気がついたのだろう、私が通りがかった時には、呼びかけの声は奇妙なことになっていた。
・自分の名前がなるべく聞こえないように小さな声で
・何かのお願いも聞こえないように口ごもる
その結果、駅前の歩道三カ所で、

「...です」
「...ます」

この二語だけが何度も何度も繰り返されているのだった。黙々と「です」「ます」を唱え続ける三名。「です」「ます」「です」「ます」・・・。解脱(げだつ)を目指す修行僧の唱える経文のようだ。
通勤客は気味悪がって余計に遠巻きに歩き、ますます濡れている。

結局、何という議員が何をお願いしているのかは、当人たち以外には全くわからなかった。

そんな、雨の逗子駅の朝だった。


(終り)

雨の駅
写真は本文とは関係ありません。Getty Imagesより拝借しました。


〈おまけ〉
吹き出しを付けてみました(笑)。

雨の駅2
どうでしょう?


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2012.12.20 (Thu)

〈目撃〉スマホの画期的な使い方

今朝のJR新橋駅で目撃しました。

横須賀線地下ホームから地上に上がるエスカレーター。
例によって、進行方向の左側には立つ人がずらりと並び、右側は歩く人が進みます。
右側を歩いて上る私の左斜め前方から、、、

「じぃぃぃぃぃ~~~」

という鈍い機械音が聞こえます。何でしょう?
追い越す際に正体が見えました。

スーツを着た兄ちゃんが、スマホで自分の顔を撮りながら(自撮り)、鏡代わりにして、電気シェーバーで髭を剃っていました。(ホント)

朝はみんな忙しいですね~。

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以上の話を家に帰って娘(中学生)にしたところ、「そんなの当たり前じゃん。みんなそれでメイクしてるよ」と言われました。とほほ〜。


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2012.02.23 (Thu)

〈考察〉デブの領域無限拡大の法則 (再掲)

ずいぶん以前に書いた「デブが隣に座る」話に手を入れました。再掲します。
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〈考察〉デブの領域無限拡大の法則

これまで何度か「電車で必ずデブが隣に座る」という話を書きました。同じ悩みを抱えている何人かの御方達とも知り合いになれました。
ここで、この現象について改めて詳しく説明したいと思います。

この拙文を検討の叩き台として、多くの皆様からこの現象についての様々な情報や各方面からのご意見を頂戴できましたら幸甚です。


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数年前から抱えている、ある悩みがあります。
電車で、「デブ」(男性)が私の隣に座りたがるのです。
いわゆる伝統的な全身肥満体のデブ、それから最近増殖中の腰や尻まわりが固太りのメタボ系のデブ。
なぜだかわからないのですが、私の隣に座る確率が、あきらかに高いのです。


■隣に座るデブ、3つのパターン

毎朝、JR逗子駅始発の電車、つまり空の車輌に座って通勤しています。
4人ボックス席がある車輌の、ドア横2人掛けのところに座るのが好きです。

私が腰掛けると、必ず、隣に「デブ」が座ります。他にいくらでも席が空いていても、そうなのです。向かいの2人掛けシートが誰も座っていない状態で空いていても、「デブ」は私の隣にやって来て座ります。
始発の逗子駅からでもそうですし、運良く逗子駅では誰も座らずに発車しても、お隣の鎌倉駅で「デブ」が座ります。

いくつかのパターンがあります。

1. 車輌に入るなり、なんの躊躇もなく、何かの確信を持ってまっすぐに大股で私の隣めがけてのしのしやってくる、「直球のしのしデブ」

2. ゆったりと車輌に乗り入れ、ゆったりと周りの様子を伺い、ゆったりとした足どりでゆったりと私の隣に歩み寄ってゆったりと腰掛ける、「終始ゆったりデブ」。
(そのゆったりとした行為の間、ずっと何かを確認するように周囲を見回しており、決して私および私の隣には視線をやらない。まるで私の存在に気がつかないか、あるいは無視しているかのように・・・)

3. いったん他の空いている席に座るが、すぐさま何か重要なことに気がついたように、びくんっと飛び跳ねるように立ち上がり、わざわざ私の隣にやってきて座り直す、「わざわざ座り直しデブ」。

3番目の一旦座っておいてからわざわざ私の隣に座り直す「座り直しデブ」というのは、いかにも不可思議です。彼は何を思ったのでしょうか?


■デブ同士の意思疎通の可能性

また、隣に座った「デブ」が運良く途中駅の大船や横浜で降りた後にも、また不思議なことが起こります。

「デブ」が降りると、すぐさま何かの合図に導かれたかのように、乗り込んできたまた別の「デブ」がまっすぐ私のところにやってきて隣に座るのです。

これは何なのでしょう?
私は、私たちの気がつかない間に世界のデブ同士がノンバーバルなコミュニケーションのネットワークを構築しているのだ、と疑っています。
「おい、今から俺は降りるから、次の駅のデブ、俺のあとに座りな」
ってな具合に、メッセージを送ってるのです、きっと。全身の脂肪を振動させることで波長を送り合い、デブ同士通信しているのです。そうやって遊んでいるのです。
これを名付けて、

「脂肪遊戯」。
(ちなみに、ブルース・リーの映画のタイトルのもじりです。笑)


■デブの神髄は、他人との身体の接触を不快と思わないこと

デブが隣に座ると、東京までずっと不快なことを我慢しなきゃならなくなります。

彼等は、べったりと体を私にくっつけてきます。
ふつう、見知らぬ他人と身体が接触するのを、人は不快と感じるのですが、デブはそうは思いません。
なぜなら、デブは物心ついた幼い頃からずっとそうやって、デブであるがゆえに他人の体と接触しながら今日まで生きてきたのだから・・・彼等にとっては赤の他人との体の接触は普通の状態なのです。

デブの特徴を挙げろ、と言われたら、たいていの人は以下のようなことを思い浮かべるでしょう。
・「肉がいっぱいついている」
・「いつも汗をかいている」
・「息が荒い」
・「体温が高そう(熱そう)」
などなど。しかしそれは外から見た表層をなぞったにすぎません。

私はそれらに加えて、ぜひ、下記の点を挙げたいと思います。
デブの心の深淵=インサイト(洞察)に触れていると自負しております(笑)。

・「他人との身体の接触を不快と思わない」

そして小さな頃からそうやって生きてきたので、彼らは「普通の人は他人との体の接触を嫌うものだということを知らない」。
こういう特性を持った者たちが隣に座ると、目的地の東京に着くまで苦痛の時間が続きます。


■デブが隣に座ることの不快を再現・・・混じり合う汗と汗

腰と尻を私の身体に押し付け、ただでさえ窮屈なのに、彼等はなぜだかそこで新聞を読もうとします。
ちなみに、日経新聞である場合がほとんどです。日経8割、朝日2割といったところでしょうか。
まあ、新聞の種類には特に意味はありません。立っている乗客含めて車内全体がだいたいそんなところでしょう。

デブは、自分のヒジを、隣の私のヒジの上に乗っけて、新聞を広げます。
そして私のヒジの上に乗っけたヒジを支点にしてぐりぐりと腕を回し、ページをめくります。他人のヒジの上に自分のヒジを乗せていることなどまったく気に留めていません。むしろ、そうすることが自分に与えられた当然の「天賦の権利」であるかのように振る舞っています。

夏の日や、冬の暖房の強い日など、相手のヒジと私のヒジの重なったところに汗をかいてきます。
夏の半そでのシーズンは最悪です。肌と肌をくっつけてきます。相手も当然汗をかいているわけですから、相手の汗と私の汗が混じります。

あまりに気持ちが悪いので、私はヒジをひっこめます。
すると、デブは自分の確保できるスペースが空いたと解釈して、また体を緩(ゆる)めてこちらに寄ってきて、再びヒジを乗せてきます。

あきらかに嫌がっているのがわかるように、私はそちらの腕をこねくりまわしながら両者の間から引き抜いて、反対側に体をひねってデブのヒジから避けます。

すると、デブは、いっそう全身を弛緩させ、今度は体のサイド全体を、私の体に密着してきます。そのまるで知性というものを感じさせない行動は、アメーバ状の原子動物の浸食活動を連想させます。

先ほど述べたように、デブは、普通の人は見知らぬ人との身体の接触を不快に感じる、ということを知りません。だから、不快に感じる側(普通の人)が身体を引っ込めると、不快に感じない側(デブ)は何も考えずにさらにテリトリーを拡大するのです。彼らはどこまでも自らの拡大を止めることはありません。
ここに、【デブのテリトリー無限拡大の法則】というものが成立します。

理性的な分析で気を紛らわしている場合ではありません。
身体をくっつけ、デブが呼吸するたび、そいつの体の膨張と弛緩が、私の身体の側面全体に伝わります。
くっついたところに汗をかきます。きっとデブの汗も衣類を通してこっちに染みてきてるでしょう。

だいたい、赤の他人の「呼吸によるリズミカルな体の膨張と弛緩」などという生理的な肉体の動きを、どうして私が身体で共有しなければならないのだ? デブはどうしてそのようなものを他人に押し付けてきて平気なのだ?
相手の呼吸のリズムを身体で受け取るなんて、そのようなことを不快に感じずにできるのは、付き合い始めて日の浅い恋人同士とか、新婚さんの抱擁くらいだろう。

まったく、デブの考えていることはわからない。
どうして私の隣に座りたがるのだ?


■その理由は未だ解明されず・・・

ここ2~3年、私はずっとそのことに悩まされ続けています。
以上のようなことを家族や友人知人に話すと、必ず次の答えが返ってくる。皆、異口同音にこう言います。


「仲間だと思ってるからだよ」


え?
私もデブの仲間なのか?
そうなのかなあ。
いやきっとそうなのだ。自分で気がつかないだけなのだ。

なにしろ、デブは何事にも鈍いのだから・・・。




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2012.02.16 (Thu)

〈イライラ〉耳元にからまるもの

朝、電車でシートに座り、眼鏡をかけて本を読む。近くの席のオバハンたちの声がうるさいので耳にiPodのイヤホンを突っ込む。風邪が治らず咳が出るのでマスクをする。

これで耳元には下記の3つがぶら下がる。
(1) 眼鏡
(2) イヤホン
(3) マスク

電車が目的地についてすべてを外そうとした時にそれは起こる。
すなわち、イヤホンを抜いたつもりがマスクにからまり、マスクを取ろうとしたら眼鏡が落ちそうになり、眼鏡にはイヤホンが蔓(つる)を巻き・・・。
それが右の耳と左の耳と両方だ。

斯くして、膝の上には眼鏡とイヤホンとマスクがぐるぐる巻きの知恵の輪状態になって置かれ、眼鏡のレンズは「どうするつもりだよ」と言わんばかりに冷たい光を放ちながら主人(持ち主)の方を見ている。

耳に付けたのと逆の順番で外さなければならない。でも耳に付けた順番なんて覚えている訳が無い。

未だ人類はこの解決法を見出していない。。

イヤホン





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