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2014.11.30 (Sun)

〈ムダな考察〉ちょうど124円

コンビニで買い物をしたら124円だった。
レジの綺麗なおねーさん(前田敦子似)が私の顔を見ながら輝くような笑顔でにこっと笑って、

「ちょうど124円になります」

と言った。
「ちょうど124円」? 124円のどこが「ちょうど」なんだろう? 何に対して「ちょうど」なのだろう?

帰りの道で考え込んでしまった。

●●●
そういえば、人に年齢を尋ねた時にもこのような答えが返ってくることがある。
「今、ちょうど23です」とか、「今年、ちょうど71になりました」とか。
20才ジャストとか、70才ならわかるが、そうではない。それとも、ひょっとして23とか71という数字に、私の知らない何か特別な区切りとなる意味合いがあるのだろうか?

さらに、意図のわからない余計な注釈をつける人がいる。
「今年ちょうど23なので、来年24になります」
そのくらいの計算は言われなくてもできる。来年は1才増えるのが当たり前だ。2才増えたり1才減ったりしたら気味が悪い。
そして、なぜ23才が「ちょうど」なのかの謎は、一層深まるばかりだ。

時折、「今年ちょうど71です。はい、来年はちょうど72になりますか」
と、今年も来年も「ちょうど」の人がいる。「なりますか」とこちらに問われても知りません。勝手にどうぞ。

こうなると、この「ちょうど」問題の核心のようなものが徐々に見えてくる。
彼ら(彼女ら)は自意識過剰なのだ。「世の中の人はみな自分のことを特別視して注目している」と思い込んでいるから、ただの年齢にもその時その時で特別な意味があるように言いたいのだ。

●●●
では、最初の話の「ちょうど124円」は何だろう? 彼女の場合も何か自意識過剰なものが影響しているのだろうか?

まさか彼女は私の小銭入れの中の残額を透視しているのだろうか? 確かめてみたけれど全然違っていた(当たっていたら怖い)。

それとも、彼女は店に入ってきた客を見ながら、ひとりずつ買い物価格を予想しているのかもしれない。「あのイケメン君はサンドイッチとドリンクで583円」「あのオバサンは子どものおやつも合わせて876円」とか。彼女は大学生バイトで、マーケティングか何かの研究の一環なのかもしれない。
そして、今日は一日ずっと外していて、私が初めて当たった客だったのかもしれない。

だから、前田敦子似の可愛い店員さんは、私の顔を見てあのようににっこり笑ったのだ(普通、何があっても私のような貧相なオヤジにこんな若くて綺麗なおねーさんが笑みを見せることなどあるわけがない)。
そして、冒頭の「ちょうど(わたしが思った通り)124円になります」に至る。

そうに違いない。

(謎を残したまま、終り)

・・・他にもいろいろな理由が考えられると思います。彼女の誕生日がもうすぐ12月4日で124は彼女のラッキーナンバーだ、とか。頭の体操にどうぞ。

124円



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テーマ : 日々のつれづれ ジャンル : 日記

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