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2015.08.29 (Sat)

〈私的『城の崎にて』〉 ヤモリと私

今週あった出来事です。
終盤にクイズがあります。(笑)


【その日】

転職する後輩社員の送別会と称して飲みに行ったら、飲み過ぎた。途中から記憶が無い。どうやって電車に乗ったかも覚えていないが、気がついたらJR横須賀線の終点、久里浜駅にいた。

もう上り方面の電車は終わっていたので、久里浜駅からタクシーで、本来降りるべきだった逗子まで帰ってきたら5千円もかかった。痛い出費だ。

そしてタクシーを降りてから家に入るまで、そして家に上がってからも、全く記憶が無い。
おそらくこれは、飲み過ぎのせいではない。だって翌朝は身体は辛かったが、二日酔いの吐き気も何も無く、いつもの時間にパカっと目が覚めたのだ。この晩の様子はアルコールの多量摂取のせいではない。

しばらく前から毎日服用している脳神経系の薬と、アルコールの関係なのだろう。気をつけないといけない。ただでさえ日中から目眩や立ちくらみがひどくて普通に歩くのさえ危ないのだから。

話をその晩に戻すと、意識の無い中、私は玄関の鍵を開けて中に入った(らしい)。ところがそこで身体が言うことを聞かなくなったらしく、突っ立ったまま10分くらいじっと動かなかったそうだ。まだ起きていた息子が居間の扉を開けてそっと見ていたそうなのだ。

問題はここからだ。私はそのまま、伐採した大木がゆっくりと倒れるように「ドサっ!!」と大きな音を立てて玄関口の板の間に倒れ込んだらしい(スローモーションで)。
そしてしばらくしてから「痛いよ〜。う〜、う〜・・・」と、うつ伏せに倒れたまま泣き出したそうだ(息子が扉の隙間から見ていた)。

その後、なんとか立ち上がり、台所の方に向かうが、ちょっと動いては壁とかテーブルとかいろんなものに身体のあちこちをぶつけ、そのたびに「痛いよ〜。え〜ん、え〜ん・・・」と泣いているのだそうだ。

ここが重要なポイントなのだが、翌日聞いたら、家族の全員がこの「ドサっ!!」と私が倒れる大きな音や泣き声を聞いているのに、「うるさいなあ」と思っただけで、誰も様子を見に来なかったのだ。息子も途中で扉を閉じて寝てしまったそうだ。

「そのまま死んでたらどうするつもりだ!?」と私は語気を荒げて尋ねたが、返って来る答えはこんなものばかりだ。

「だって第一発見者になりたくない。まず疑え、が鉄則だ」
「下手に助け起こそうとして指紋が付いたら疑われる」
「動機が無いかと言われたら、無いこともない」

どいつもこいつも、『名探偵コナン』の見過ぎだ。

自分では記憶が無いのだが、玄関口の床にうつ伏せに倒れたままの自分の姿、誰も助けに来ず一人で倒れ込んだままの姿を思い浮かべ、ぞっとした。


【翌日】

夜遅くに塾から帰って来た娘が、玄関のドアを開けて入って来た途端に大声を上げた。
「ギャーーーッ!! 何かいる! 何コレ!?」

バタバタと、たちまち嫁と子どもらと私の家族全員が玄関口に集まった。
玄関を上がったところの床の上に、つぶれたヤモリが手足を広げてうつ伏せで死んでいた。ちょっとだけ白い体液がにじみ出ていた。

「あ〜あ、可哀想に」
と皆が口々に言った。
何日か前から、夜になると玄関ドアの横の飾り窓に、2匹のヤモリが仲良くペタリと外から貼り付いているのを見かけていたのだ。ツガイだったのだろうか。

その片方が、何かのタイミングで家の中に入ってしまったのだろう。
誰が踏みつけたのか?と各自足の裏を確認したところ、嫁がスリッパで踏んだということがわかった。

「お父さん、庭にお墓つくって埋めといてよ」ということになり、私はチリ取りにヤモリ君の亡がらを乗せ、庭に出た。
土に穴を掘って埋めようと思ったが、蟻が運べば食料になる。そちらの方が自然の摂理に適っているだろうと思い、そのまま土の上に置いて、成仏するよう手を合わせた。

私が玄関を開けて家に戻ると、家族はまだ全員そこに立っていた。
私は前の晩のことを思い出し、尋ねた。

「同じ場所にお父さんが倒れても誰も見に来ないのに、ヤモリが死んでたらどうして全員出て来るんだ!?」

「だって、ヤモリは可愛いけどお父さんは可愛くない」「汚い」「クサい」。

もう一匹のヤモリの姿は、今日は見えなかった。


【後日】

数日間のうちに、会社の同僚や、また別の同僚のご家族が、続けざまに亡くなった。どちらの方も私よりも一回り年下だ。若い人が亡くなるのは辛い。
自宅で一人で倒れ、家族が見つけたときには既に亡くなっていた、という人もいた。

数日前の私の出来事を思い出した。幸いにも大事には至らなかった。あちこち身体をぶつけたらしいが、不思議にもどこにもアザは無い。そもそも、意識の無い状態でよく東京から無事に帰って来られたものだ。後で聞いたら、その転職すると言う後輩が、足許の危ない私を電車に乗せるまで駅のホームを同行してくれたそうだ。

どこにも怪我も無く、何の忘れ物も無かった。奇跡だ。

それで、ふと思った。
あの玄関口でつぶれたヤモリは、私の身代わりになってくれたのではないか。
きっとそうだ。そう思うべきだ。

玄関から庭に出て、亡がらを置いたあたりを見回したが、ヤモリ君の姿はもう無かった。蟻やバッタのご飯になっていれば、それでいい。その場所にしゃがみ、もう一度手を合わせた。

もう一匹のヤモリは、翌日に一度姿を見せたきり、現れなくなった。新しいパートナーを見つけてくれたならいいのだけれど。

(終り)


さて、クイズです。
志賀直哉の『城の崎にて』をお手本にしたわけではありませんが、小さな生き物の命と自分の命をなぞらえながら、独り言のような文章を書いてみました。

ところが、その『城の崎にて』とは似ているようで全く異なるものがあります。さて、何が違うのでしょう?
答えは、、、
















〈答〉
この本文では「ヤモリ」が出て来ますが、志賀直哉の『城の崎にて』に登場するのは、「イモリ」です。
「ヤモリ」は爬虫類、「イモリ」は両生類です。似ているけど違います。

以上です。

ヤモリタトゥー

(写真はwebより拝借しました。本文とは残念ながら関係ありません)

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