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2011.11.01 (Tue)

(完結?)「発泡酒」への認知的不協和

「発泡酒を飲むという行為に対し、自分が何をしているのかわからなくなる」という話を書いてきました。

(1) 一日の締めくくりには自然のものから作られたものを飲みたい。なぜなら、人は一日の仕事の上で必ずしも自分の本意や時には良心にそぐわないことをやらなければならず、一日の終わりに身に着いた穢れを洗い清める儀式には、自然のものが必要だからだ。ホンモノを真似て作った人工物である発泡酒はその役には適さない。

(2) 発泡酒は「ビールの味に似せて作ったニセモノ」である。だから味の評価は「ホンモノ(ビール)に似ているか否か」であるはず。ところが給料大削減の緊急事態が続く中、私はほとんどビールを飲む機会は無くなりもっぱら発泡酒ばかり。そうなると発泡酒自体を「美味しいか否か」で評価することになる。物真似なんだから本来はそこに独自の味わいなど無いのに、ビールとの比較という「相対評価」から、それ自体の味わいの「絶対評価」に評価軸は移行し、飲んでる私は何をやってるのかわからなくなり頭がぐらぐらする。

さて、これではいまいち大事なことが書き切れていないような気がします。特に(1)。
一日の過ごし方は当然ながら不本意なことばかりではなくて、例えば私が先週末に友人のロックバンドのレコーディングに参加したこととか、あるいはスポーツで良い汗を流した等、精一杯楽しい一日を過ごした後だって、ビールが相応しいわけです。むしろそういう時の方が、発泡酒は似合わない気がする。「よくやった! お疲れさま!」の乾杯に発泡酒ですか? ありえないでしょう。
単にそれは「こんな場合に安物を買ってきて節約するなんてセコい」という話ではありません。

そろそろ核心を述べましょう。
我々が一日を過ごしたその締めに飲みたいのは、、、





「ピュア」





なものなのです。一切の打算の無い、純粋な目的から生まれたものを、身体が、魂が、求めているのです。
一日、ピュアな気持ちで頑張ったのです。ピュアな結果を出そうと汗をかいたのです。
前述した「仕事の上での不本意な一日の過ごし方」だってそうです。自分では避けられないその行為の中でも、少しでも本当の自分はピュアにありたいと思いながら一日を過ごした訳です。だから、一日の締めに「よくやった」と自分を褒め、ビールが欲しくなる・・・。

ビールは必ずしも麦芽100パーセントではありませんが、それでもビール本来の味を作り出すための副原料を足しているわけです。

ところが、発泡酒はそもそも作られた動機が不純だ(笑)。
麦芽の使用率を下げて税金を逃れることが、その製造目的です。まさに「打算」の産物。まあそもそもは日本のビールにかかる税率の異常な高さが悪いのですが・・・。
不純な動機に、不純な材料(麦芽を使わずに麦芽の味わいを人工的に出そうとしている)。

ピュアな行動のお疲れさまに発泡酒を飲むと・・・それは一体何の慰みなのかわからなくなって・・・そんなわけで頭がぐらぐらするのです。



テーマ : ビール ジャンル : グルメ

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